『開かれた小さな扉 / バージニア M. アクスライン』

開かれた小さな扉 新装版―ある自閉児をめぐる愛の記録

開かれた小さな扉 新装版―ある自閉児をめぐる愛の記録
バージニア M.アクスライン
日本エディタースクール出版部 2008-01
<出版社HPより>
かつて極度の情緒障害のあった子供が、強く健康な人格にまで立直る物語である。物語は主人公ディブスがほぼ2年間ある学校に通ったところからはじまる。最初、彼はまったく口をきかなかった。ときには午前中いっぱい黙って動きもせずにすわっていたり、ほかの児童や教師のことは忘れて勝手に教室内をうろつきまわったりした。そんな主人公ディブスが複雑な人生の過程を体験していく中でしだいに彼の世界を保障するものは彼の外部にはなく、熱心に捜し求めてきた安定の主軸はじつは自己の奥底にあることを発見する。
Amazonで詳しく見る
by G-Tools

新装版が出ているようですが、実は1972年発行とずいぶんと古いので、今の児童心理学の現場では違うのかもしれない。しかし、とても面白い本であった。

これは児童心理学者の著者が行った遊戯療法による、ディブスという自閉症の(症状に近い)子供の治療のノンフィクションの記録である。遊戯療法とは遊びをコミュニケーション、および表現手段として行う心理療法だそうだ。最初、箱庭療法を思い出したんだけど、それはこの遊戯療法から派生したそうで、なるほどどこか似てるはずだ。

「遊びを通して」ということは、子供と一緒に遊んで褒めたり何かを解析したりするのかしら?と思ったら、これが全然違う。アクスラインさんは子供に何も指示しないし、強制しないし、彼の行動を解析することはない。遊戯室で子供が家に帰りたくなくて泣き出すシーンがあるんだけど、そのときにも「ディブス、あなたはここに1時間しかいられないの」と “1時間だけ”という制約をきっちりと守らせ、いっそ冷徹ですらある。そして彼女が遊戯室でしていることは、子供のやっている(言っている)ことを反復しているだけだ。

「把手つける」彼は言った。そして私の鉛筆に手をのばして、ごく慎重に人形の家のドアに把手を描いた。
「ドアには把手がなくちゃと思ったのね?」私がたずねた。
「そう」彼はつぶやいた。彼はドアに錠前も描いた。
「錠前もついた!」
「そうねわかるわ。ドアに把手と錠前をつけたのね」
「鍵でしっかり閉める」彼は言った。「高い高い壁がある。ドアもある。鍵かけたドアも」
「そうね」私が言った。

このディブスの行動にも「鍵」「ドアを閉める」「高い壁」など、心理学的にわかりやすそうなモチーフが出てくるけど、彼女がそれを解析して意味を与えることはない。しかし、本を読み進めるうちに、ディブスは自己を確立し、感情をコントロールし、憎悪や復讐心に対して寛容の気持ちを持ち、まわりとコミュニケートできるようになっていく。この経過が、ディブスの遊びの内容や言葉の端々に現れていく様は非常に興味深い。たぶん、この遊戯療法の意味は以下、ディブスが数年後にアクスラインさんに会ったときの言葉に表れていると思う。

「あなたはぼくのすることを、なんでもしてくれたね」彼はつぶやいた。「ぼくの言ったことを、みんな言って」
「そうよ、そうだったわね!」
「うん。『ここはあなたのお部屋よ、ディブス』って言ったよね。『あなたのものよ。楽しくなさい、ディブス。楽しくなさい。だれもあなたをいじめないから、楽しくなさい』って」ディブスはため息をついた。
「そしてぼくは楽しかった。生まれて初めてだったな、あんなに楽しいことは。ぼく、遊戯室の中にぼくの世界を作ったっけね。覚えてる?」

ディブスにとってアクスラインは、初めて自分のことを理解・見守ってくれる存在であり、閉じこもっていた世界から外の世界への扉だったのかなあ。そして遊戯室という世界で彼は自己を見つめなおしたのかもしれない。ちなみにディブスは当時6歳。「子供だからわからないだろう」と大人が思う以上の深い理解を子供は色々としているんだということを知りました。

かなり面白かったので一気に読んでしまった本。おすすめ。